中国広西の水害で39人死亡 ダム決壊と孤立する被災地の現状

大躍進期の遺物「六藍ダム」決壊の背景

横州市における大惨事の主因となった六藍ダムおよび隣接する雲表ダムは、いずれも「大躍進」期にあたる1958年に建設された。特に六藍ダムは、当時の労働者3万5000人が天秤棒で土を運び、粘性土を積み上げて築いた均質アースダム(均質土壩)である。堤高42メートル、流域面積195平方キロメートルをコントロールする現地最大規模の中型ダムとして機能し続けてきた。

近年、現地政府は水利部から3億8000万人民元の資金拠出を受け、同ダム灌漑区域の全面的な改造と刷新を実施していた。2024年8月からは系統的な標準化改修・アップグレード工事が始動し、2025年6月に竣工したばかりであった。当時の官製メディアは「洪水調節・保安能力が著しく増強され、出水期の豪雨による衝撃に効果的に耐えられる堅牢な安全の堤防が築かれた」と大々的に宣伝していたが、この改修プロジェクトには主要な「堤体自体の補強」が含まれていなかったことが露呈した。

7月6日午前に発生した六藍ダムの決壊災害だけで26人が死亡し、7人が行方不明という甚大な人的被害が生じている。7月9日現在、六藍ダムの水位はダムの基礎岩盤以下まで低下し、決壊口と流量はほぼ安定している。7月8日から進められていた道路の修復は9日午前までにダム最上部まで開通。同日より河道の浚渫(しゅんせつ)や堆積した土砂の撤去作業が組織的に開始された。一方、雲表ダムの水位も最低水位まで低下しており、上流からの新たな流入がなければ下流浸水域への影響は安定へ向かう見通しである。当局は市全体の水利施設を改めて総点検し、制限水位を超えて運用されているダムのリスク排除を急いでいる。

避難住民6万人超とインフラ寸断の現状

南寧市全体では7月9日午前11時までに累計6万4500人の住民が避難・再配置された。その内訳は、甚大な被害が出た横州市で5万4500人、賓陽県で9321人である。さらに川の増水ピークが下流を通過すると予測されたため、賓陽県では冠水リスクを低減させる目的で1171人が追加避難を余儀なくされた。

インフラの緊急補修に関しては、横州市と賓陽県の通信基地局の復旧率が87.7%に達し、約6万3000戸への送電が再開された。また、高速道路2路線(5カ所)、国省道6路線(32カ所)、農村道路47路線の通行が再開されたものの、いまだ多くの地域で交通が寸断されている。

ネット上では、多くの住民が被害の様子を投稿している。ある住民は「自分の地域は水が引いたので家に戻れたが、何もかも失い、残ったのは建物だけ。家の中のものはすべて水に浸かって腐ってしまった」と無念さを語った。その一方で、ドリンクスタンドの店舗前に積まれた土のうの上に寝そべり、小川のようになった道路を眺めながらスマートフォンを操作する男性の動画が流出し、そのあまりに対照的な姿が話題を呼んでいる。また、賓陽県では洪水を漂流する養殖場から流された豚を、村民が材木つかみ機を使って引き揚げ、自宅に保護して飼い主を待つ一幕もあった。

貴港市で学校の孤立と動物園の悲劇

被害は南寧市にとどまらず、隣接する貴港市でも深刻化している。貴港市の西江教育エリア周辺にある複数の学校では、教職員と生徒の計約1万2000人が洪水により最長で3日間孤立した。現地では1000人以上の消防隊員と100隻以上のボートが投入されたが、救助活動は難航。7月8日夜9時の時点でも約3000人が救助を待つ状態であった。孤立した貴港市第八高級中学から救助された生徒は、「3日間孤立し、その間はレトルトのお粥やパンを食べて飢えをしのいだ。宿舎の1階は完全に水没していた」と証言した。

広西物流職業技術学院の教師によると、7月5日から雨が降り続き、翌6日には学校周辺の道路が冠水して校内の排水が不能となり、断水・停電が発生。「水が街灯のてっぺんを越えそうなほどになり、積水は3〜4メートル、宿舎の2階まで達した」という。

また、洪水は貴港動物園を直撃し、水位は一時3メートル以上に暴漲した。園内の草食動物はすべて押し流され、100頭以上の動物が行方不明または死亡。7月7日には村の中で逃走した妊娠中のシマウマ1頭が発見されたが、もう1頭のシマウマは未だ見つかっていない。さらに、3頭のライオンが檻に閉じ込められたまま逃げ出せずに溺死した。動物園の責任者は7月8日、「猛獣を外に逃がして人を傷つけさせるわけにはいかなかった」と言明。インフラ損壊を含めた動物園の損失額は400万人民元以上に上る見込みである。

なお、ネット上ではデマも飛び交った。「洪水の中を巨大な蛇が体を立てて泳いでいる」という動画が拡散したが、後に現場はダチョウ養殖場であり、蛇に見えたのはダチョウの首であったことがボランティアによって確認された。「横州の洪水で遺体が次々と流されてきている」「養殖場からワニが脱走した」といった情報も飛び交ったが、現地当局はいずれもデマであると確認した。

習近平氏の「指示政治」と価値観への批判

天災が頻発し、多くの具体的な犠牲者が出ているにもかかわらず、中国の最高指導者である国家主席・習近平氏が一度も被災現場に赴かない執政スタイルに対し、厳しい批判の目が向けられている。

X(旧ツイッター)の中国時事評論員「艾地聲(エディソン)」氏は7月8日の投稿で、どれほど大きな災害が起きようとも習近平氏が頑なに現場へ行かない理由を考察した。同氏の指摘によると、習近平氏が関心を寄せているのは「中華民族の偉大な復興」「強国建設」「歴史的使命」といった壮大な目標であり、気に懸けているのは自身の歴史的地位であって、一般庶民の命や天災は「局所的な問題」や「段階的な困難」に分類されているためだという。

広西の洪水でも、中国共産党当局の伝統的な手法が繰り返された。災害発生直後、当局は真っ先に「群衆の避難は完了し、死傷者は出ていない」と発表したが、その後に出された習近平氏の批示では災害が「重大な死傷者」をもたらしたと言及され、前後の矛盾が露呈した。中国では数十年間にわたり、災害時に「まず良い報告をし、のちに前言撤回」「まず社会の安定を図り、のちに事実容認」「まず救助宣伝をし、のちに死傷者拡大を容認」というプロセスが定着している。死亡者数は統計ではなく政治的数字であり、災害情報は公共情報ではなく政治的資源として扱われてきた。

1998年の長江特大洪水では江沢民氏が堤防に立ち、2008年の四川大地震では胡錦濤氏や温家宝氏が地震発生直後に姿を現した。しかし、習近平時代になり、各地域の洪水や地震にいたるまで、最高指導者が被災地へ急行する光景はほぼ消失した。人々の目に触れるのは、新華社通信が配信する「習近平氏が重要な指示を出した」という一律の文面のみである。

同氏は、習近平氏の講話で「人民」という言葉が神聖化されて頻繁に登場する一方で、「一人の具体的な人間」の運命や利益について語られることは滅多にないと分析する。彼の言う「人民」とは、抽象的な政治共同体であり、具体的な個々の市民ではない。そのため、価値観の優先順位において、洪水では情報の透明性よりも社会の安定(維穩)が最優先される。真に命を尊重する近代国家の文明とは、統治者がいかに壮大な功績を残したかではなく、「すべての一般人の命はそれ自体が目的であり、いかなる国家目標や政治プロジェクトの代償とされるべきものでもない」という事実を、統治者が進んで認めるか否かにある、と同氏は締めくくった。現在も広西の被災地では、行方不明者の捜索救助や復旧作業が続けられている。

出典

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