六四事件37周年 中国が遺族追悼を全面禁止 強まる記憶抹消政策と続く歴史継承の動き

Four police officers in reflective vests stand in the rain on a wet street, with a cyclist in the background holding a bike.

六四事件37周年、中国が遺族の集団追悼を禁止

 1989年の天安門事件から37年となった6月4日、中国当局は犠牲者遺族による追悼活動への統制を一段と強化した。フランス紙『ル・モンド』などによると、北京市公安局は遺族グループ「天安門の母親」のメンバーに対し、北京市内の墓地「万安公墓」での集団追悼を認めないと通知した。今後は6月4日を避け、家族単位で個別に申請し、許可を得たうえで警察の同行のもと墓参りを行う方式に変更された。

 万安公墓には1989年の武力弾圧で死亡した学生や市民らが埋葬されている。これまで遺族は監視下に置かれながらも毎年追悼を続けてきたが、今年は初めて6月4日の墓参りが全面的に禁止された。事件で19歳の息子を失った張先玲氏は、「墓地にさえ行けなくなったのは初めてだ」と訴えた。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、中国政府が長年にわたり六四事件を公衆の記憶から消し去ろうとしてきたと指摘したうえで、今回の措置は遺族個人の記憶にまで介入するものだと批判した。

強まる歴史統制と香港での締め付け

 中国国内では長年にわたり「六四」や「天安門事件」といった言葉がインターネットやメディアから排除されている。検索エンジンや交流サイト(SNS)では関連情報が削除され、学校教育でも事件に触れる機会はほとんどない。

 香港でも状況は大きく変化した。2020年の香港国家安全維持法施行以降、30年以上続いたビクトリア公園でのろうそく集会は開催禁止となった。主催団体の幹部らは国家政権転覆扇動などの罪で起訴され、市民社会による追悼活動は急速に縮小した。

 今年も芸術家の陳三木氏が「6・4」を象徴する長さ6.4メートルのロープを掲げて追悼の意思を示したが、その直後に警察に連行された。香港当局は関連する展示や集会への監視も強めている。

海外で続く追悼と新資料の公開

 一方、中国当局による徹底した情報統制にもかかわらず、六四事件の記憶は海外で受け継がれている。

 パリでは6月4日、六四記念碑が設置された公園に中国出身者やフランス人らが集まり追悼集会を開催した。1993年生まれの中国人男性は、「当局が語ることを禁じれば禁じるほど真相を知りたくなった」と語り、若い世代にも関心が広がっている現状を示した。

 さらに2025年11月には、米国に亡命した研究者の呉仁華氏が、当時戒厳令の執行を拒否した中国人民解放軍第38集団軍軍長だった徐勤先氏の未公開映像を公表した。映像には徐氏が武力弾圧による流血を懸念し、「歴史の罪人になりたくない」と語る様子が記録されていた。

 事件から40年近くが経過した現在も、新たな証言や資料の発掘が続いている。

国際社会との対立材料に

 六四事件をめぐる問題は人権問題にとどまらず、中国と欧米諸国との外交上の争点にもなっている。

 米国のマルコ・ルビオ国務長官は6月3日の声明で、「どれほど厳しい検閲を行っても歴史を消し去ることはできない」と指摘した。欧州連合(EU)も「真実と正義を求める人々の闘いは決して忘れられてはならない」とする声明を発表した。

 中国政府は内政問題への干渉だとして反発しているが、人権や言論の自由をめぐる対立は米中関係や欧中関係における重要な火種であり続けている。

消せない歴史の記憶

 中国当局は37年にわたり六四事件を歴史から消し去ろうとしてきた。しかし、遺族や香港市民、海外在住の中国人らによる追悼活動は現在も続いている。

 今年は遺族の集団追悼まで禁止され、中国政府の歴史統制は新たな段階に入ったとの見方もある。一方で、海外での記念行事や新資料の公開、若い世代による再検証の動きも広がっている。

 六四事件をめぐる記憶の継承と情報統制の攻防は、今後も中国社会と国際社会の重要な論点であり続ける見通しだ。

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