張又俠氏の失脚が揺るがす米中軍事対話の基盤 「理性的な窓口」喪失の衝撃

中国軍の制服組トップであり、中央軍事委員会副主席を務める張又侠氏が「重大な規律違反および法律違反」の疑いで立案調査を受けているとの報は、ワシントンの外交・軍事当局に極めて大きな衝撃を与えた。習近平国家主席が進める軍内の反腐敗整粛において、現職の軍事委副主席がターゲットとなるのは異例の事態である。この事態は単なる国内の汚職摘発に留まらず、米中間の軍事衝突を回避するための「最後の安全装置」が失われたことを意味している。

米軍が信頼を寄せた「プロの軍人」という稀有な存在

張又侠氏の失脚がこれほどまでに重視される理由は、同氏が人民解放軍(PLA)の中で極めて特殊な立ち位置にいたからである。張氏は1970年代末の中越戦争に従軍した経験を持つ、軍内でも数少ない「実戦派」の将官であった。米軍当局者にとって、張氏はイデオロギーに凝り固まった政治型将校ではなく、軍事能力の限界と戦争の悲惨さを知る「プロの軍人」として映っていた。

バイデン前政権下で米中軍事対話が停滞した際も、張氏は習近平氏から対米交渉を委ねられる数少ない人物であった。2012年の訪米時には、米軍の「オスプレイ」への搭乗を自ら志願するなど、西側の軍事技術に対しても柔軟かつ現実的な関心を示していた。米側の専門家は、張氏を「習近平氏に対し、軍の弱点や武力行使のリスクを率直に直言できる、理性的な声」と評価してきた。その窓口が閉ざされたことは、米中間の意思疎通における致命的な損失と言える。

「形骸化する中央軍事委員会

今回の失脚劇を巡り、さらに波紋を広げているのが情報の透明性を巡る疑念である。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、張氏が米国側に核兵器に関する機密情報を漏洩した疑いがあると報じた。これに対し、中国国防部の蒋斌報道官は2026年1月29日の記者会見で、「公式発表を基準とすべきであり、勝手な推測は控えるべきだ」と強く牽制した。しかし、具体的な容疑内容や軍の運営への影響については「軍事機密」として回答を避けており、疑念は深まる一方である。

現在、中央軍事委員会のメンバーは習近平主席と、軍の整粛を担う張升民氏のわずか2人のみが正常に機能している状態とされる。軍事専門家のドリュー・トンプソン氏は、この委員会の形骸化を危惧する。軍事能力の強みと弱みを客観的に判断できる顧問がいなくなれば、習氏の周囲は耳障りの良いことしか言わない「おべっか使い(阿諛奉承者)」で固められることになる。これは、意思決定プロセスにおける客観性の欠如を招き、危機管理における深刻なバリアを崩壊させる。

台湾海峡における「情報の誤認」と不測の衝突リスク

最も懸念されるのは、台湾海峡情勢への影響である。米国のマルコ・ルビオ国務長官は、習近平氏が台湾統一を「歴史的使命」と定義している以上、軍内部の混乱が直ちに侵攻意図を削ぐことはないと分析する。むしろ、軍事的な実力値を冷静に評価できる張氏のような存在が消えることで、PLA内部で「侵攻の準備は万全である」という誇大されたナラティブ(物語)が一人歩きする危険性がある。

台湾の陸委会(大陸委員会)も、この事態を「料敵従寛(敵を甘く見ず、最悪を想定する)」の原則で注視している。軍高層部の相互信頼が崩壊し、対外的な対話パイプが機能不全に陥った状態では、偶発的な事故がエスカレーションを招くリスクが飛躍的に高まる。米国はトランプ政権の下、第一列島線での抑止力を強化する構えだが、北京の軍事中枢が「閉ざされたブラックボックス」化していく現状は、21世紀の国際秩序における最大の不安定要素となっている。

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